第2話 青年期

 人口がわずか6千人足らずのツペロから30万人が住む都会メンフィスに移ったエルビスはカルチャーショックを受けた。彼は新しい都会の環境に慣れそうにない貧乏で田舎者の“かんしゃく玉”のように感じていた。

 1949年にヒュームス・ハイスクールに入学した。この頃からエルビスは、徐々に変わり初めていた。髪の毛を長くのばし“アヒルのお尻”と呼ばれるスタイルで髪にグリースをつけてオールバックにし、もみあげも長くした。パートタイムの仕事で得た収入はほとんど母親にあげていたが、残った金はメンフィスにある洋品店でけばけばしく派手な服を買っていた。当時彼は奇抜な服装を好んで着ていた。派手さが目立ち始めた。同級生からも孤立していき、悪い評判が流れ始めた。1951年、母親の過保護をとてもいやになったエルビスは、高校のフットボールチームに入った。しかし、コーチから髪の毛を切ってこいと言われ退部した。そのチームを辞めて数週間後、学生ギャングが放課後エルビスに喧嘩を
売りきた。フットボールチームのスターだった、レッド・ウェストが彼がトラブルに巻き込まれているのを知り助けにやってきた。こんなことがたびたびあり、レッドは悪ガキどもから抜け出すのを助けた。後に、レッドはエルビスのボディーガードとなりよき友人となった。そのレッドは1970年中頃、どん底に落ち込むまで悪名高いメンフィスのマフィアだった。エルビスがギターを弾くのはパーティーの席上か母親のために披露するぐらいだったが、高校時代に歌手としての素地が確立し始めた。



 1953年、高校生活最後の年、ヒュームス・ハイ・スクール・ミンストレル・ショー(バラエティ・ショー)でジョン・レイヤーの“キープ・ゼム・コールド・アイシー・フィンガーズ・オフ・オブ・ミー”を歌った。アンコールに応えて“ティル・アイ・ワルツ・アゲイン・ウィズ・ユー”を歌うまで全員総立ちで拍手が鳴りやまなかった、と言われている。その年の6月に高校を卒業した。写真は、高校卒業アルバムに掲載されたもの。