第28話 ティーンエイジャーのアイドル

1956年4月3日、サン・ディエゴに停泊している米国軍艦「ハンコック」のデッキからテレビ中継された。エルヴィスは「シェイク・ラトル・アンド・ロール」「ハート・ブレイク・ホテル」そして「ブルー・スエード・シューズ」の3曲を歌った。

そのショーでは、短いコメディー寸劇にも登場した。“アンクル・ミルトン”がエルヴィスの双子の兄弟役を演じた。

このショーのテレビ視聴者は、おおよそ4600万人に達したと報道された。
サン・ディエゴでのテレビ中継と同年6月5日放送の「ミルトン・バール・ショー」の出演で、エルヴィス・プレスリーはしっかりと世間の目に焼き付かれた。

プレスリー現象は、もはや無視することができなくなってきた。テレビはエルヴィスを追っかけ放送した。そして、正に「アメリカのリビング・ルーム(お茶の間)」の真ん中で、腰をくねらせた彼独特のパフォーマンスを撮り続けた。

エルヴィス・プレスリーは、その時すでに、影響力を持ち始めていた。
ハートブレイク・ホテルとサン・レコード時代の曲が再リリースされポップ、カントリー、そしてリズム&ブルースの3部門を独占したのである。

エルヴィスは、定期的にテレビ出演し、コンサート・ツアーも拡大していった。アメリカ中のティーンエイジャーたちがプレスリー・マニアに巻き込まれていった。
彼のコンサートはいつもチケットが完売となった。コンサートでは、泣いたり、叫んだり殺気立った十代の女の子でいっぱいだった。

プレスリーの些細なパフォーマンスで失神する子もいたぐらいである。エルヴィスは、抑圧された1950年代のティーンエイジャーたちのアイドルなった。
彼はアメリカ南部で育った貧しい少年だったが、それをバネにしてスターの座を勝ち取った。

エルヴィスは6フィート(180センチ)で背が高くて、ヘアー・スタイルはグリースで固めたオールバックで、危険なほどにハンサムであった。
ステージでは、エルヴィスは唇を歪め、腕を振って、腰を回して歌うセクシー・シンギングで観客を魅了した。

厳しく躾られ「抑圧された時代」に育ったティーンエイジャーによって賞賛され、歓迎された。エルヴィスは派手な衣類、キャデラック、そしてオートバイとロックンロールが好きだった。

彼は、反抗期である十代の象徴になったのである。
十代の男性は彼を賞賛し、そして、十代の女の子は彼を敬愛し心酔していった。
エルヴィスの多くのファンは、彼の家の外で待ち構えていた。そして、垣根の上に昇り窓からじっと彼の来るのを見つめていた。

コンサートが終わると、待ち構えていたファンに揉みくちゃにされることはいつものことであった。