第25話 ハートブレイク・ホテルをレコーディング

ジョーダネアーズのメンバーのストカー、ニール・マシューズ、ホイト・ホーキンズそしてヒュー・ハレットの4人は、1956年7月2日にエルヴィスとレコーディングを開始した。

このグループは、1948年に結成され、グランド・オール・オプリーで歌うようになり、レッド・フォーリー、ハンク・スノー、キティー・ウエルズ、ジム・リーブス、テネシー・アーニー・フォード、マール・ハガード、トム・ジョーンズそしてマリー・オズモンドなど伝説的なカントリーやポピュラー・ミュージック・シンガーのバックを勤めた実績のあるグループである。

エルヴィスがRCAで最初に吹き込む歌は、1955年にレ・チャールズが歌ってヒットしたリズム&ブルース「アイ・ガッタ・ウーマン」が候補に上った。

この曲は、エルヴィスがサン・レコードで開発した音に忠実に再現できる曲だった。しかし、RCAはエルヴィスが歌ってヒットすると言う予感がしなかった。

RCAが探していたものがまもなくやってきた。「ハートブレイク・ホテル」とタイトルが付けられたオリジナル曲である。この「ハートブレイク・ホテル」は、ソングライティング・チームのトミー・ダーデンとマエ・マックストンによってエルヴィスのために書かれたものだった。

1955年のある日、二人は「あなたは、この男性を知っていますか?」と言うマイアミヘラルド新聞の見出しに目が留まった。その時に歌の着想の源が浮かんだのだった。
記事の内容は、自殺した正体不明の身なりのぱりっとした男性についてだった。

その男は、「私は、孤立した淋しい通りを歩く」と書かれてあったメモを握りしめていた。
ダーデンとマックストンは、これを元にブルース・ソングを書いた。そして、デモテープに記録した。

エルヴィスが、1955年11月にナッシュビルで開かれるディスクジョッキー大会に出席していたとき、既にエルヴィスはデモテープを聞いていた。エルヴィスは、それをレコーディングすると誓ったように、歌によって導かれたのだった。

レコーディングの時、チェット・アトキンズは、エルヴィスがサン・レコードで開発した特徴的な音を模倣しようとして、RCAの事務所が入っている建物の階段吹き抜けに大きなエコー効果が欲しかった。

その結果出てきた音はRCAとパーカーがほとんどリリースするのを許さなかったように普通の音ではなかった。

エコー音についての心配にもかかわらず、「ハートブレーク・ホテル」が、2週間後の1956年1月27日にリリースされた。裏面は「アイ・ワズ・ザ・ワン(ただ一人の男)」だった。