第21話 大手レコード会社が興味を示した

フィリップスとの同意で、パーカーは、大手レコード会社との協議をするためにニューヨークへと向かった。フィリップスがパーカーに与えた唯一の条件は、20000ドル未満では絶対に契約しないようにと言うことだった。

3社のレコード会社が、人気急上昇のメンフィスの若者に真剣に興味を示した。コロンビアとRCAビクターそしてアトランティック・レコードだった。

1950年代は、RCAビクターとコロンビアがレコード業界で2大トップ企業であった。
カントリー・ミュージックは、テネシ-州ナッシュビルが本拠地で、そこではRCAビクターがナッシュビルでのシェアーをほとんど支配しており独占状態だった。

コロンビアは、ナッシュビルでの足場を固めるため必死になってエルヴィスの獲得に動いた。コロンビアの役員は、プレスリーは将来カントリー・ミュージック界のスターになると信じていた。

一方、アトランティックは、トルコ国米国大使の息子であるアーメット・アーテガンと元ビルボ-ド誌のリポーターだったハーブ・アブラムソンの2人が始めたものでまだ若い会社だった。

主にリズム&ブルースのアーティストが中心のレコード会社。アトランティックは、スウィングタイム・レコードから25000ドルでレイチャールズの契約を買うことによって、3年早く成功を収めた。

コロンビアと同様に、アトランティックもエルヴィスを有利なナッシュビル/カントリー・ミュージック市場で確固たる地位を確立する方法とみなした。
3社のうち、RCAビクターは、多分プレスリーとの契約に対しては最も少ない関心度ではなかっただろうか。

ビクターでエルヴィスを一押していた役員は、A&R(アーティスト&レパートリー)マン(ディレクター)のスティーヴ・ショールズだった。ショールズは、ハンク・スノー、エディー・アーノルド(2人ともパーカーのクライアント)とピー・ウィー・キングのような大スターにRCA/ナッシュビルで署名をさせた実力ある人物である。

彼はグランド・オール・オプリーでエルヴィスのパフォーマンスを見て、特別な何かを持っていることを見抜いていた。

写真:プレスリーとギターマンのスコッティー・ムーア