第13話 歌手をあきらめる?

いよいよ晴れの舞台でプレスリーのパーフォーマンスを披露する時が来た。
エルヴィスは「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」と「ザッツ・オールライ・ママ」を歌った。

エルビスとスコッティーそしてビルの演奏は上々のできだった。曲に合わせて体を揺り動かせ回転させながら歌ったエルヴィスは、前のオーバートン・パーク・シェルで観衆が熱狂の渦となったのと同じようなパフォーマンスをこのステージでもやってのけた。

しかし、このグランド・オール・オプリーは純粋のカントリー・ミュージック・ショーで伝統あるステージなのである。カントリーとリズム&ブルースをミックスしたエルヴィスの歌い方は、保守的なオプリーの観客には耐えられないものであった。エンターテイメントの歴史で最も不名誉な出来事の一つであった。

グランド・オール・オプリーのマネジャー、ジム・デニーは「トラックに乗ってすぐに帰れ」とエルヴィスに言った。その拒絶反応によって、エルヴィスは心が乱れた。不本意にも終わりを告げられたが、それまでオプリーのステージで楽しんで歌い満喫したことを自分自身で納得し始めた。

落ち込んだ気分のまま車でメンフィスに向かっている時にエルヴィスは「歌手を諦めて電気技師養成学校に行く」と言い始めた。スコッティーとビルそしてマリオンは、エンターテイメント業界に残り歌手を続けるように説得した。

エルヴィスは、既に契約を交わしていた「ルイジアナ・ハイライド」に出演しなければならなかった。ルイジアナ州のシェレブポートに本部があるラジオ放送局“KWKH”が、アメリカの南部一帯に向けて毎週土曜日にオン・エアーするカントリー・ショーである。

ハイライドの人気は絶えず上昇はしているが、同業であるグランド・オール・オプリーより少し劣ることを気にかけていた。

1954年10月末、エルヴィスとスコッティーそしてビルの3人は、このショーに出る多くの出演者の中で一番最初に演奏することになった。彼らはもう一度、オプリーで歌った「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」と「ザツ・オーライ・ママ」を演奏した。

今回は前回のオプリーでの反応と全く違って、彼らのパフォーマンスが大いに受けたのである。

ハイライドの観衆を魅了し夢中にさせたことに気を良くしたマネジャーは、このショーに来週も出演してほしいと頼んだ。それに、毎回レギュラー出演者として1年間の契約まで交わしたのであった。

1回の出演料はエルヴィスが18ドル、スコッティーとビルには12ドルを支払ってくれることになった。歌うこと以外に、ショーの中で農産物や食品の広告をする事も義務付けられた。ギャラをもらって歌うことが出来るエルヴィスにとっては、それらを宣伝する事などは苦にもならなかったであろうと思う。なぜならプロ歌手として第一歩を踏み出したと言う感激と感謝の気持ちがあったこと以外他にないからである。