第12話 エルヴィス“グランド・オール・オープリー”で歌う

9月10日に「グッド・ロッキン’・トゥナイト」(ウェイノニー・ハリスが1948年にレコーディングしたリズム&ブルースのヒット曲)とカントリー・ポップのヒット曲「アイ・ドント・ケアー・イフ・ザ・サン・ドント・シャイン」(原曲は1949年にウォルト・ディズニーの映画「シンデレラ」のために書かれた歌)をレコーディングした。

A面の「グッド・ロッキン’トゥナイト」は、オーバートン・パーク・シェルで歌い観客を刺激し興奮させた歌である。

このレコードは、サン・レコードから1954年9月25日にリリースされた。このシングル・レコードはビルボード誌で好意的な批評を受けていたが、メンフィス地区以外ではあまり売れなかった。メンフィスのヒットチャートでさえ32位以上は上昇しなかった。全米のカントリー・ミュージック・チャートでは最下位に近い所に短期間いただけであった。

しかし「ザッツ・オーライ’ママ」のヒットで、ある程度売れたエルヴィスは、アメリカの南部で最も有名な2つのカントリー・ミュージック・ラジオ・ショーと契約したのである。それは、ナッシュビルのWSMによって放送される「ザ・グランド・オール・オープリー」とルイジアナ・シェレヴポートのKWKHで放送される「ルイジアナ・ハイライド」であった。

1954年10月2日、エルヴィスとスコッティーそしてビルは、サン・レコードのマリオン・ケイスカーが運転する車でエルヴィスが出演するナッシュビルのグランド・オール・オープリーまで走った。エルヴィスは多くの期待と不安でそのショーを待ち受けていた。
この“グランド・オール・オープリー”は、1925年からカントリー・ミュージックで最も有名なラジオ・ショーとしてミュージック・スター達から受け継がれてきたカントリー・ミュージシャンの憧れの舞台であった。

数多くの有名ミュージシャンは、例えば、ハンク・ウィリアムス、エディー・アーノルド、ハンク・スノー、パッツィー・クライン、ミニー・パール、ジョージ・ジョーンズなど、この舞台に出演してミュージシャンとして自分の経歴を積んで言ったのである。
エルヴィスにとって、グランド・オール・オプリーと言うカントリー・ミュージックの有名な舞台に立って歌うことでプロ歌手の道が開かれると考えたのであった。