第11話 興奮の渦と化したエルヴィスのプロ初舞台

このレコードは早くもメンフィスでヒットし始めた。地元のヒットチャート3位まで上昇し、2万枚以上のレコードを売り上げた。しかし、全米で注目される程のものではなかった。数人のディスクジョッキーがこのレコードを取り上げ流してくれた。一部のDJは、田舎っぽくて黒人的すぎると批判した。

しかし、音楽雑誌ビルボード・マガジンは、プレスリーに好意的だった。「カントリーもR&Bも歌える強力な新人歌手が現れた」と批評してくれた。
地元メンフィスでのわずかな成功ではあるが、これをきっかけに次の行動へと拍車がかかった。ギタリストのスコッティー・ムーアが、オーバートン・パーク・シェルで行われるライブショーの出演準備を始めた。当時のカントリー人気歌手“スリム・ホイットマン”と“ビリー・ウォーカー”がメインゲストのカントリー・ミュージック・ショーだった。このコンサートは、地元のDJでプロモーターの“ボブ・ニール”が主催したもので、後にエルヴィスの最初のマネジャーになった男である。

エルヴィスとスコッティーそしてビルのトリオのバンド名は「ヒルビリー・キャット&ブルームーン・ボーイズ」と名付けられ、演奏曲は「ザッツ・オールライ・ママ」と「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」とポスターに宣伝された。
8月10日、エルヴィスは昼と夕方のショーに出演することになった。その日もスリム・ホイットマンがメインゲストだった。1回目のショーでは「ザッツ・ホエン・ユア・ハートエイク・ビギン」と「オールド・シェップ」の2曲のバラードを歌った。

しかし、夕方のショーでは「ザッツ・オールライ・ママ」と「グッド・ロッキン・トゥナイト」を少し調子をあげて歌った。プレスリーは、体を曲げたり、腰を回転させたりして舞台中を歌いながら動き回った。その内に観客があちこちで叫び出した。その観客が群衆と化し絶叫し始めたのである。それを見ていたカントリー・シンガーの“ウェッブ・ピアース”は、次に演奏する予定だったが、出演を断った。

後にエルビスがインタビューで次のように語った。「観客の誰もが大声で叫び、絶叫したりといろいろあった。演奏が終わって舞台裏に戻ってくると、私のマネジャーが“体をくねくねしてして歌うから、みんな興奮して絶叫していた”と言うから、また舞台に戻って少しそれをやった。「キャッー」と叫ぶから、もう一度やったらより一層すごい声で絶叫し、観客が興奮の渦に巻き込まれたようだった」
彼らの次のステップは、スタジオに戻ってもう一枚のシングル・レコードを録音する事だった。