ニール・セダカ シングル・レコード

1939年3月13日、ニューヨークのブルックリン生まれ。リンカーン・ハイスクールでピアノと作曲を学び、16才の時にニューヨークのラジオWQZR放送局主催の音楽コンテスト「ミュージック・タレント・オン・アワー・スクール」で特別賞を獲得した。その時の審査員長だったルービン・シュタインの紹介で、ジュリアーノ音楽院に進学した。

ハイスクール時代からポピュラー・ソングの作曲をはじめ、友人のハワード・グリーンフィールドの詞にメロディーを付けていった。これを音楽出版社に売り込み始めた。ある時「アルドン音楽出版社」のアル・ネヴィン(元スリー・サンズのリーダー)の目に留まり、同社の専属作曲家として契約した。コニーフランシスのヒット曲「間抜けなキューピット」などを書いた。自分でも自作の歌を歌いたいと思っていた。リトル・アンソニー&インペリアルズが歌った「恋の日記」のできが悪かったのをきっかけに、レコーディングのチャンスが回ってきた。

1958年、19才の時にRCAから自作の「恋の日記」でデビュー。最高位14位だった。以来、「カレンダー・ガール」「悲しきの慕情」(全米1位)「おお、キャロル」(高校時代のガールフレンドで、シンガー・ソング・ライターのキャロル・キングに捧げた歌)「小さな悪魔」「すてきな16才」「恋の片道キップ」「悲しきクラウン」など数多くのヒット曲を連発。エルヴィス・プレスリーに次いでRCAビクターのドル箱スターとなった。1960年代に日本で公演を何回か行っている。日本人好みのメロディーで外国男性タレントの中で最も人気のあった歌手の一人である。日本人歌手がこぞって彼の歌をカバーした。ちなみに、キャロル・キングは「ロコモーション」などのヒット曲を書いたことでも有名。

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