コニー・フランシス シングル・レコード

1938年12月12日にニュージャージー州ニューアークで生まれる。本名はコンセッタ・ローズマリー・フランコネロ。イタリア系アメリカ人。幼い頃から多芸な彼女は、3才の時に父親から買い与えられたアコーディオンを持ってタレント・スカウト・ショーに出た。その時にアメリカ人らしいコニー・フランシスに変えたらとアドバイスされた。コニーは学校の成績も良く、高校時代には大学への奨学金を含む数多くの賞を獲得した。大学では討論や心理学において優秀な成績を収めた。高校時代に学校音楽劇(ミュージカル)の台本を書き演出もするほどの活躍。12才の時にテレビのショー「スター・タイム」や「モーニング・ショー」にも出演。そして、アーサー・ゴッドフリーの「タレント・スカウト」に出て注目を浴びた。

音楽出版社のデモテープの吹き込みからスタートしたコニーは売り込みに失敗。最後にやっとMGMレコードと専属契約をした。その時彼女は15才だった。しかしヒットに恵まれなかった。18才の時に最後の望みを託して吹き込んだ「フーズ・ソーリー・ナウ」が大ヒットしミリオンセラーとなった。その後「カラーに口紅」「フランキー」「エヴリバディーズ・サムバディーズ・フール」とミリオンセラーを連発。名実ともに女性ナンバーワンの地位を獲得した。映画「ボーイ・ハント」「渚のデイト」にも出演。この頃人気は絶好調を迎えた。

バラード、ロック、フォーク、ラテン、ジャズとレパートリーの広さと歌のうまさは定評がある。語学力にも優れており、「バケイション」「夢のデイト」「大人になりたい」「可愛いベイビー」「ロリーポップ・リップス」など彼女のオリジナル曲を日本語で歌っている曲が数多くある。また、弘田三枝子、伊東ゆかり、中尾ミエなど多くの日本人歌手がコニーの歌をカバーした。外国人タレントの中で最も人気のあった女性歌手の一人である。1960年代に日本で数回公演をしている。

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